久保豊範のお米リラックス【日本一に選ばれました!】
[サイトマップ]
私が久保豊範でございます!
コチラのページは、私、久保豊範
が自分の言いたい事ではなく、お客様の知りたい事を
お話し出来ればと考え、友人
の協力でインタビュー形式に致しました。
| ◆ インタビュー目次 |
| 久保豊範とお米 |
| >小さい頃には将来お米を作るとは全く考えていなかった |
| >お米を作る前は、家造りが楽しかった |
| >お米作りのキッカケは突然やって来た |
小さい頃には将来お米を作るとは全く考えていなかった
昨年お米コンテスト日本一ということで
おめでとうございます。
いまは工務店を経営されていますが,昨年から米作りを始めたそうですね。
そもそも、小さい頃から米作りを考えていたのでしょうか?
私は、九州の大分県大分市生まれで
都会のように見えるけど、実は田舎で家の周りは田んぼだらけ。
今では全然変わってしまったけど
当時は隣の家とは100メートルくらい離れているような
ほんと田舎だった。
夏になるとカエルの合唱みたいな環境で育って
遊び場と言えば、田んぼで野球をしたりしてました。
両親が田んぼに携わっていた訳ではなく
父は国鉄(今のJR)に務めている職員でした。
おじいちゃんは米作りをしていたので
たまにトラクターに乗せてもらったりはしてましたが
関わりとしては、そのくらいだった。
まさか将来、米作りを始めるとは全く考えていなかった。
お米を作る前は、家造りが楽しかった
米作りの前は、家を造る為に工務店を始めたそうですが、
どのような事がキッカケだったのですか?
自分の家を建ててもらった時に、「家を造るって楽しいなぁ」と思い
その時は家造りの仕事をしていなかったんだけど
この時から自分も家造りの仕事をしたいと思い始めたんです。
家を造って何が楽しいんですか?
家造りをしていると、ワクワクするんですよね。
単純にそれだけでやってみようと思った。
お客様の為でなくて、自分の為にやったのですか?
自分が喜ぶ仕事を心がけることで
お客様も喜んで頂けるんですよ。
そういうものです。
お米作りのキッカケは突然やって来た
妻の実家が専業農家で、跡取りがいなかった。
でも妻は4人姉妹の3番目。
3番目をもらった時点で後継ぎがいなかったんだけど
4番目がいるから良いと思っていました。
そしたら4番目が嫁いでしまったんです。
とうとう後継ぎがいなくなってしまって・・・。
でも、実家からはお米や野菜をもらって生活していたので
「田圃や畑に従事する人がいなくなったら、もったいないよね」と思い
4番目が結婚した直後に妻に相談して、
「やってみようか」ってことで始めたんです。
自分の意思さえあれば、そこには田んぼがある。
機械もあるし、分からなければ今なら義父に聞くことができる。
そういう状況なら「良いタイミングだ」と思った。
お手伝いと思って始めたんではなくて
自分が楽しいから始めた訳です。
家造りもそうだけど、なんか楽しそうだからやってみたいなと思って。
決して義父の姿を見て楽しそうだと思ったのではありません。
というのも、義父が米作りをしている姿を見ていなかった。
手伝ったのは田植えの時期くらいでした。
ただ、直観的に楽しそうだなと思って始めたのであり
義務とか、お手伝いとか、そういうことではない。
ほぼ直観に近い。
また楽しいなと思うものが出てきたら
新しいことを始めてしまうことも有り得るんですか?
米作りの今後について、どう考えていますか?
特に考えていません。いつも「自分がやりたい」と思う事をやるだけ。
お米は自分や家族が必ず頂くもの。
だからそういくものは、体が欲する限り続けると思います。
自分が食べたいと思うものを作り続けると思います。
主食ですからね。
ありがとうございました。
>> 続く
Copyright(C)2009 久保豊範のお米リラックス All Rights Reserved.










